2011年10月31日月曜日

工藤鴎芽 『現代化が発明する窓その頃外に』(2011)



工藤鴎芽という京都の才女の魅力をもしも誰かに紹介するなら…さてさて、どこから触れるべきなのだろう。ただ者ならぬ雰囲気を思わす艶やかな出で立ちもさることながら、彼女はけっこうな多作家で、本人いわくの「<Low-Fi~オルタナティヴ> DTMer」として今の名義で単身活動をはじめた2010年7月から今日までに、フルアルバムを一作、EPを4作、シングルを4作、そのすべてを自主リリースしており、1年3カ月のあいだに50近くの曲を世に出していることになる。インターネット時代の自作自演家のなかでも、これはなかなかのハイペースといえるだろう。

「出してから気付いたんです、多作だって。ライブが少ないのでその分作る時間があるから、つい作っちゃう? みたいな感じで」(以下、発言部分は工藤本人によるもの)

軸となる音楽性に触れてみよう。90年代オルタナティヴ・ロックの影響を思わせるザラついたノイズ・ギター、不器用なところが逆にかがやく(平たくいえばヘタウマな)打ち込みの妙、いなたくも瞬間的にハっとさせられる瞬間の隠れたソングライティング。諦念と希望の狭間で揺れる彼女の声は恥ずかしがり屋が窓のすきまからつぶやいているようだ。妄想の蠢く内向的なガーリー・ポップの常でシャンソンやフレンチポップなどからの影響も色濃いが、00年代以降のインディー・ポップも通過した音の触感は通気性にすぐれた小気味よさで、楽曲制作にゲームボーイを駆使するような遊び心も微笑ましい(それについて訊くと、ディグダグやスパルタンXといったファミコン黄金時代のBGMのすばらしさを力説された)。

彼女の音源は(iTunesなどの経由で)海外からの注文が多いそうだが、それも頷ける新鮮なひきこもりポップだ。あるいは、そのチープなサウンド・プロダクションや電子音との戯れ方を指して“日本におけるチルウェイヴとの共振!”とか強引にこじつけられなくもないが(実際、そう言われることもあるそうで)、それについて尋ねたら「Psappってチルウェイヴですか?」と逆に質問されてしまった。また、学生時代にジュディマリなどをレパートリーにコピーバンドをしていたり、スピッツに強く心酔していたりという、ある世代にとっては実にベタなエピソードもおもしろい。

「(※スピッツについて)聴くうちになんか引きずり込まれるような感じというか、ふと気付かされる世界があって不思議! とか思って。詩も見てみると初期とかよく考えても解らんような感じに魅力を感じたり、音もすごい個性的」

「他の音楽をdisる気はさらさらないのですが、商業的に夢を売ってる感じが何か見え透いてて厭な感じするので。それで逃避出来て救われる人もいるのは事実ですが…私には出来ないことです」




かたや、今年7月にリリースされたEP『Mondo』では既存のローファイ色はほぼ消え失せ、ボサノヴァ~映画音楽~モンド/ラウンジ・ミュージックの流れを強く汲んだインストゥルメンタルの楽曲を展開。バックグラウンドの幅広さと作曲能力の飛躍的向上をアピールする異色作となっている。今回取り上げる 『現代化が発明する窓その頃外に』は10月10日にリリースされた(余談だが、彼女はゾロ目の日に作品をリリースすることに強いこだわりがある)現時点での最新EPで、さらなる成長を遂げた姿をみせる。

「コンセプトは『現在 外に』です。「(デビューから1年が経って)これまでのことを振り返ったときに内に籠ってた感じの作品が多くて、それでも独りでやるって決めた時から変わりたいという願望は相変わらずで、なんとも消化しきれない部分も多かったので、良い機会だし変わりたいと思うなら変わったろうやん、と。音に関しても退化しないようにと、新しい自分を探して頑張りました。唄い方も変えました」

全6曲は「Modernize」「発明する」「窓」「そのころ」「Output」「に」…と、EPのタイトルをそのまま分離解体したパーツのごとく名づけられている。冒頭の「Modernize」では、くたびれたギターの緩いストロークと背中を押して急かすようなビートの生むグルーヴに乗せて、ミニマルな言葉の断片が錯乱したまま乱れ飛ぶ。

滲んだ 揺れた  困つた 壊れた
誂えた(馨つて) 飾つた(選つて) 失つた(憶えて) 超えた(分解)

(「Modernize」)

「タイトル通り『現代化』をテーマに唄ってますが、詩の始めが着地点てわけではなくて循環してるんです。時代って日々現代化してくんだけど、結局懐古することもあるしカオスだって思って。街の景色も変わってくとこは凄いスピードだし。前に電車の窓から安いピンクのチープなラブホをみかけたんですが、そのすぐ横に墓地があったんですよ。駐車場じゃなくて。もう駄目だって思いましたね。話がずいぶん逸れましたけど(笑)、意図的に乱雑してる様をってことで。でも、ちゃんと繋がってるように取れる箇所もあると思います」

一転、「発明する」では神経症的で不穏な響きを携えたピアノとビートのループのうえで《愛の言葉も悲しい嘘も/誰もがびっくり同じ仕組み》と諦観に満ち満ちた歌が悪ふざけのようにおどる。そこからつづく「窓」で曲調はグっとファストになり、星屑のようにきらめく電子音と疾走感あふれるギターが、<窓>から覗くことしかできない少女の妄想こじらせ悲恋のいとしさと切なさを絶叫とともにパワーポップに昇華させている。

内緒のままでいいのさ/何となく覗いてたんだ
悲しく切ない恋のうた/はぐれたコラージュ/涙のワケは判ってるよ

(「窓」)

「(※恋愛について)うーん…。薬みたいなもんじゃないでしょうか。このまま明日キュン死ぬかもしれないって思ったり、切れたら切れたで、なんでこんなに好きやったんアホくさって恐いくらい冷静になったり。でも、人の事を死ぬ程考えるなんて素晴らしいと思います。魔法って比喩よく聞きますが、それも解るなー…と」

あの世のマーチングバンドを思わせる、鳴れども踊れずなドラムが印象的な「そのころ」では、《退屈だ とても退屈だ/昨日もそう 明日もそうだろう》と怠惰の連鎖から抜け出せずもがき苦しむ光景が歌われる。テープに吹き込んだかのような荒い録音の「Output」は黄昏たララバイのような曲調で《たった一つだけ/夜空で私の為にだけ輝いて/今夜、知らない間に消えないで》と淡い願望を率直に訴える。思いどおりにならない周囲と自分との葛藤や格闘にもがきながら、しゃかりきに一歩踏み出そうとする強い意志が滲み出ているのが本作の特徴で、先述の「そのころ」でもルーザーな描写を徹底的に書き連ねたあと、一番最後に飛びだす《目を醒ませ》の一言に強固な意志をかんじる。


「『そのころ』はパラレルじゃないですが、同じ時間軸に個々の生活があってそれぞれ考えて生きてるけど、私はどうやって生きようかとかどうしようもない妄想までして…いやいやしっかりしようぜっていう。」


EPのタイトルになぞらえて、「現代についてどう思いますか?」 と漠然とした質問を投げてみたら、「まだ満足するなよっていう感じですね」と力強い言葉がかえってきた。既存音源の逆回転ループによって混沌を表現した「に」と同様に、彼女の頭のなかも依然こんがらがっているなかで、這いつくばってでも表現しつづけてやろうという決意が頼もしい。<Output>は本作のテーマのひとつだが、作品制作やその告知が容易になった現代の環境下で、このEPは安易な理想論にもたれかからず、誠実にストイックに自分と向き合った末に産み落とされた歌曲集といえるだろう。ドリーミーだけど、浮世にまでは飛んで行かない生真面目さもいい。

筆者にとって彼女の最大の魅力はメロディメイカーの才で、それについては本作と対になる<Input>をテーマにした4作目のシングル『ねぇねぇ』に収録されたアンニュイな楽曲や、アルバム『Mind Party!』収録曲「花のにおい」のこぼれ落ちそうな情感にいっそう顕著だ。今後も宅録活動にまい進しつづける予定とのことだが、個人的には外部からプロデューサー的な人物を招いてもおもしろそうと勝手に思っていたりする。また、ライブ・パフォーマンスもときおり披露しており、こちらはまだまだ改善の余地が大ありだけども(ベッドルーム・ポップ系のアーティストにとってライブはいろいろと難しいですよね…)、シアトリカルな雰囲気も見せつつ独特のムードを演出している。

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